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東京地方裁判所 昭和34年(タ)286号 判決 1961年12月20日

原告 山本俊太 外二名

被告 検察官

被告補助参加人 山本[金圭]

主文

昭和一一年二月一四日東京都品川区長に対する届出によつてなされた本籍東京都品川区上大崎五丁目六四五番地亡山本実彦と本籍鹿児島県川内市大小路町二三六五番地亡山崎美との間の協議離婚は無効であることを確認する。

訴訟費用中本訴の費用は国庫の負担とし、補助参加に要した費用は被告補助参加人の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人等は主文第一項同旨及び「訴訟費用は国庫の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、訴外亡山本実彦はその妻訴外亡山崎と、大正九年二月二八日婚姻し爾来夫婦生活を継続し、その間に大正九年七月一四日長女原告山辺美佐枝を、同一〇年九月三日二女同五味さよ子を、同一二年九月六日長男同山本俊太を、同一三年中二男亡河村健をそれぞれもうけた。

訴外亡山本実彦は昭和一一年二月一四日同人の妻美と協議離婚をしたとして東京市品川区長宛にその旨届出をし、同月一九日同区長に宛て被告補助参加人山本[金圭](婚姻前の氏、河村)との婚姻届をした。

二、然しながら山崎美は二男健の出生後である大正一三年一一月頃から精神分裂病を患いその頃東京市虎の門にある精神病院に入院し加療に努めたが、病状は悪化の一途をたどり大正一四年春東京市新宿区柏木町所在山田脳病院に転院した。右転院後も病状はさらに悪化し、昭和八年頃には被害妄想・拒絶症・発作的興奮・対談不可能・不潔症を呈し意思能力も全く喪失するに至つた。その後も病状好転せず昭和一八年頃右山田病院の閉鎖により退院のやむなきに至り、同一九年一二月二五日死亡した。右の経過から明かなとおり訴外亡実彦がした前記協議離婚の届出当時訴外亡美は全く意思能力を欠いていたものであり右協議離婚の届出は訴外亡実彦が一方的にその届書を作成してなしたものである。

三、訴外亡実彦は同美の前記入院後幼少の原告等四名の子供を抱え、他方事業や政治に多忙を極めていたため、子供等の家庭教師兼家政婦として被告補助参加人を迎え一緒に暮すようになつたが、その後同人と内縁の夫婦関係を結び、昭和六年九月二〇日両者間の子訴外内川澄子を儲けたが、同女が小学校に上る頃となり、戸籍の都合上その他諸種の事情から被告補助参加人の要求もあつたため訴外亡実彦は前記のように同美との協議離婚の届出をなして被告補助参加人と婚姻したのである。猶訴外亡実彦は昭和二七年七月一日死亡した。

四、前記二に於て述べた通り本件協議離婚は美の意思に基かずして作成されたその届出書に基いてされたものであるから無効であるところ、原告等は本件協議離婚の当事者の子であるから、そのことのみによつて右協議離婚の無効確認を求める法律上の利害関係があることは民法第七四四条の立法趣旨から見ても明かである。

又本件協議離婚が無効であるとすれば、訴外亡実彦と、被告補助参加人の婚姻は重婚となるので原告等は右実彦の実子であるから民法第七四四条第一項に基き、右重婚の取消権を有するものであり、現に被告補助参加人を相手方として右重婚の取消を求める訴を提起しているのである(東京地方裁判所昭和三六年(タ)第一八号事件)。右重婚の取消が認められれば、被告補助参加人が亡夫実彦の相続人たる地位を失い、原告等は被告補助参加人に対して同人が現に相続している右実彦の相続財産の返還請求権を取得するのは勿論、訴外亡美と同実彦の婚姻は同女の死亡によつて解消したことになるので観念上は原告等が同女より相続した財産の範囲及び額も異つてくるのである。現に原告等と被告補助参加人及び訴外内川澄子との間に訴外亡実彦の相続財産の分割について争いがあり東京家庭裁判所において調停が係属中である。

右重婚取消訴訟において、先決問題として本件協議離婚の無効を主張しうべき原告等はそのこと自体で右離婚無効の訴を提起する法律上の利益がある。即ち別訴の先決問題として離婚の無効が判断されても離婚無効については対世的効力、既判力が生じないから、独立に離婚無効の訴によつて離婚無効について対世的効力、既判力ある確定判決を求める法律上の利益がある。

又離婚無効を理由に戸籍の記載を訂正するためには利害関係人間に争いのある以上離婚無効を宣言する確定判決によつてのみ可能であるから此の点から見ても原告等は本件協議離婚の無効確認を求める法律上の利益があるものというべきである。

そこで原告等は、昭和一一年二月一四日東京市品川区長に対する届出によつてなされた訴外亡山本実彦と訴外亡山崎美との間の協議離婚の無効の確認を求めるために本訴に及んだ」と述べた。

被告は「原告等の請求は棄却する」との判決を求め、答弁として、

「原告の請求原因一の事実は認める。同二、三の事実中訴外亡美同実彦が原告主張の日に死亡したことは認めるがその余はいずれも知らない。」と述べた。

被告補助参加人訴訟代理人等は、「本件訴を却下する」との判決を求め、その理由として、

「一、本件は訴外亡実彦及び同美が死亡しているのであるから訴訟物がない。即ち協議離婚無効確認の訴は、これが認容されたときは、離婚が遡及的に無効となるもので婚姻ははじめから継続していたことになるのであるから当事者双方が死亡したときに訴訟物が存在しないことになるのである。

二、原告等及び被告は正当な当事者適格を有しない。何となれば本件は訴外亡美の離婚意思の欠缺を理由にその離婚の無効を主張するものであるところかかる主張をなしうべき者は詐欺、強迫による離婚取消の場合に準じて婚姻の当事者である夫又は妻に限られるからである。

また当事者の一方が死亡した場合には検察官を被告として訴を提起しうるが、本件では離婚の当事者双方が死亡しているのであるから検察官が相手方となることはないからである。

三、原告等に本件訴を提起しうべき利益がない。即ち訴外亡美は昭和一九年に死亡し、同実彦は同二七年に死亡しているから、たとえ原告等においてその申立にかかる判決をえたとしても原告等の身分関係及び財産関係に影響を及すことはないからである。」と述べ、本案について、

「一、本件協議離婚は旧法当時に行われたものである。旧法においては現行民法第七七〇条第一項第四号に相当する規定なく、精神病を原因とする裁判上の離婚は認められていなかつた。右は立法上の不備であつて、かかる場合は戸主の意思によつて、離婚できると解さなければならない。旧法は戸主に家族の身分上の契約についての同意権を与えて家族を保護させているが、本件のようにその家族(過去において家族であつた者又は将来家族となる者も含む)が意思表示をすることができないときには、戸主がこれを代理権が認められないとするならば、戸主自らの意思表示によつて将来自己の家族となる者の離婚承諾権を有するものと解さなければならない。戸主は家族に対し扶養の義務があり居所指定権、婚姻同意権、復籍拒絶権があることから考えて以上の通りに解するのが旧法の正しい解釈としなければならない。

本件においては訴外亡美復籍すべき家の戸主訴外山崎良一が右離婚を承諾していたから本件協議離姻は適法である。

二、仮りに右主張が容れられないとしても訴外亡実彦に離婚意思があつたこと、同美に意思表示能力があつたならば同人も右離婚に同意したと推測すべき状況にあつたこと、本件協議離婚届に署名押印した証人二名も離婚が相当であると認めた故に右署名捺印をしたものであること等の事情から見て本件協議離婚が法律に違反し無効であるとの主張は、認容すべきものではない。

三、仮りに右主張が認められないとしても当事者の一方の離婚意思の欠缺による協議離婚の無効は詐欺、強迫による協議離婚の取消に準じて原告等において右無効原因を知つた時から三月を経過した時は主張しえなくなるものと、もしくは相続回復請求権の時効期間に関する規定を類推適用して右無効原因を知つたときから一年以内に出訴すべきものと解すべきところ本件離婚無効確認訴訟提起の日は右三ケ月及びーケ年のいずれの期間も経過した後に提出されたものであるから、その請求は許されるべきものではない。

四、仮りに以上の主張がすべて認められないとしても原告の本件請求は、権利の乱用として許されるべきものではない。即ち訴外亡美の死亡当時原告美佐枝は二四歳同さよ子は二三歳同俊太は二一歳であつたのであるから右無効の主張は同女の生存中になすべきであつた。しかるに、同女の死亡後なお七年間生存していた訴外亡実彦をも相手方として右無効の主張をすることなく同人の死亡後にその主張をなすことは、身分関係の安定性のために許すべきではない。且又原告等が本件協議離婚の無効確認訴訟をその父母の生存中に提起しなかつたのは訴外亡実彦が本件協議離婚をするに至つた事情が、原告等の監護のためと、同美が精神病者であることが判明した場合には原告等の婚姻の障害となることを考慮し、同女の存在を隠匿するために行われたことを原告等が知悉しており原告等が本件協議離婚により利益を得ているためである。それを今になつてその無効確認を主張することは不当である。之を要するに本訴請求は権利の乱用に外ならない。」と述べた。<証拠省略>

理由

被告補助参加人の本案前の主張について、

被告補助参加人は先ず本件訴訟物がない旨主張するが、本訴は既に死亡した夫婦間の協議離婚の無効確認を両者間の子から検察官に対して求めるものであるところ、被告主張のように右婚姻及離婚の当事者が既に死亡しているが故に、右訴訟の訴訟物がないものとすべき何等の根拠も見出し難いから被告補助参加人の主張は採用することができない。

次に被告補助参加人は原告等及び被告は当事者適格がない旨主張するが確認訴訟における当事者適格は、当該訴訟における争いの対象である権利関係について原、被告間において即時確定の利益が存在すれば、之を認めるべきであるところ、原告等が本件訴訟で右確認の利益を有すること後記の通りであるから協議離婚の当事者以外の者には当事者適格がないとする被告の主張は採用することができない。

そこで原告等が本件訴訟について確認の利益を有するかについて考えるに公文書であるからいずれも真正に成立したものと推定すべき甲第一号証第三ないし五号証によれば、原告等は、原告等が本訴においてその無効を主張する協議離婚の当事者たる訴外亡山本実彦、同山崎美間の子であることが認められかかる者は自己の実父母が離婚したものでないことの確認判決をえて、その旨戸籍上の訂正をなすことについて習俗上及び感情上の利益を有することは明かであり身分法上もこれを無視することは相当でないと考えるから、原告等は本件協議離婚の無効について即時確定の利益を有するものと解するのが相当である。

ところで本件協議離婚の当事者双方が既に死亡したこと前掲甲第一、三号証により明かであるから、人事訴訟手続法第二条を類推適用して原告等は検察官を被告として、本件協議離婚の無効確認を求めるべきである。

これを要するに原告の本訴請求は適法であつて、被告の本案前の主張はすべて理由がない。

本案について、

前掲甲第一号証、甲第三ないし第五号証、証人篠田義市の証言により真正に成立したことを認めることができる甲第六号証、証人山下栄一の証言により真正に成立したことを認めることができる甲第七号証、証人篠田義市、山下栄一、市毛ツナ、江目セン、松下則光の各証言、原告山本俊太及び被告補助参加人各本人尋問の結果を綜合すると、原告等の請求原因一ないし三の事実をすべて認めることができる。

右事実によれば昭和一一年二月一四日東京市品川区長に対する届出によつてなされた訴外亡実彦と、同美との間になされた協議離婚は無効であるといわなければならない。

被告補助参加人は、原告等が本件協議離婚の無効を主張することは権利の乱用であつて許されるべきでない旨主張し、その理由として掲げる事実は前掲各証拠から之を認めるに充分であるが、右事実及び本件証拠に現れた総ての事実を参酌しても原告等の本訴請求が権利の乱用であるということはできないから、右被告補助参加人の主張は採用することができない。

尚被告は前記協議離婚が適法有効である旨、及び仮に無効であるとしても本訴無効確認請求が法定の時間的制約により許されない旨主張し、数々な理由を説述しているけれども、右は叙上当裁判所のとるところと異る独自の見解に立脚したものであつて、到底認容することができない。

よつて本訴請求を認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高井常太郎 渡部保夫 柴田保幸)

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